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ハミングトーク

身体を動かすだけで気持ちがいい。そこから出発すれば、新しいものも見えてくる。

父からはこつこつと積み上げていくことを、母からは表現する楽しさを、教わった。

― 森山さんのダンスは、「しなやかで軽やか」「動きには一瞬の隙もなく内に秘められた力強さがある」などと評されています。やはり小さい頃から身体訓練のようなことをなさってきたのですか。

森山 訓練というかスポーツはずっとやっていました。小学校では器械体操、中学でバレーボール、高校ではサッカー。体操をやっていたのはちょうどロサンゼルス・オリンピックの時期だったんですが、森末慎二さんの着地の「間あい」が好きでした。バレーボールでは回転レシーブの身体の動きに、サッカーではヘディングのフォームに、それぞれこだわっていた記憶があります。今から思うと、ずっと何かを表現したいという思いがあったんですね。

― どんなご家庭だったのですか。

森山 父は金型(かながた)の設計技師で、自宅の隣に事務所を構えていました。細やかさや正確さを求められる緻密な作業で、神経を使う仕事です。一家5人をその仕事で支えてくれた父は、いつも背筋をまっすぐ伸ばし、言葉数の少ない人でした。父が家にいる時は、疲れた神経を刺激をしないようにと、子どもたちもなるべく静かに過ごします。大きな存在感があり、威圧感もあり、私たちにとっては恐い存在でした。気安く話しかけられないけれども、そこにいるだけでこちらが何かを感じる、というような間柄。でも今から思うと、黙々と緻密に何かを作り上げていくという精神力が大切なことを、父の姿を見て学んだんだと思います。

森山開次
― お母さまはどんな方ですか。

森山 母はまったく正反対に、明るくて大きな声でよくしゃべり、歌もよく歌う人。時折、夜遅くに2人でいろんな話をしたりもしました。母がいろんな悩みを打ち明けてくれるんです。母は、絵を描いたり手芸をしたり、家の中のものも手作りしていました。また、そんな手作りのものを感謝の気持ちを込めた手紙とともに人に贈るのが好きでした。私が、踊るだけでなく衣装や舞台美術も作るのは、母の影響でしょう。人とのつながりの中にこそ、自分を表現することがあるのだ、ということを教えてくれたんです。

― そんなご両親は、森山さんがダンサーになろうと決めた時にはどんな反応をなさったのでしょうか。

森山 実は大学を中退してミュージカルの劇団である音楽座に入ったんですが、すべてが決まってから事後報告という形にしたんです。大反対されると思ったから。さらに、その後、親がくれた本名でない今の名前にしたことにも、なんだか引け目を感じてました。でも結局は母は応援してくれていますし、父は相変わらず黙って私の活動を見てくれています。それが2人のそれぞれ最大限の見守り方なんだな、と思っています。

「自分ならこう動きたい」が見えてきた。

― そもそも音楽座に入るきっかけは何だったんですか。

森山 すべてに暗中模索だった青春時代、父の言葉に従って大学には入学しました。それを機に、新聞配達をしながら一人暮らしも始めました。そんな中、自分を何かの方法で表現したい、という気持ちはますます強くなっていったんです。絵を描いたり曲を作ったりしてましたが、満たされない。そんな時、兄にミュージカルに連れていかれたんです。音楽座の「マドモアゼル・モーツァルト」でした。オペラの中のキャラクターたちが精霊となって歌い踊る、というシーンがたくさんあって、それに引きつけられました。自分はこんなに悩んで淀んでいるのに、舞台の上の役者さんたちはキラキラと輝いている…それに打ちのめされたんです。音楽座には研究所があり、オーディションもおこなっていることを知り、すぐに受けてみることにしました。

― オーディションには一発で合格。

森山 ダンスも歌も勉強したことがありませんでしたから、かつてやっていた器械体操を思い出し、自分の特技として披露しました。でも、張り切り過ぎて足を傷めてしまって…。あとで聞いたところでは、今にも審査員に殴りかかりそうな目をしていて、それが印象的だったので採ったとか。

― 精悍な面立ちも生かされた、というわけですね。
森山開次

森山 そんなに恐い顔してますかねぇ(笑)。それはともかく、入ってからは大変でした。目の前のカリキュラムをこなすのだけで精一杯。必死でした。ひたすら踊り続けて2年くらい経ち、お客さまの前に立つことも経験して、ダンスの魅力がわかってきて、自分の中で何を表現したいかも見えてきた。残念なことにその時点で劇団が一度解散してしまい、行き場を失いながらもダンスの活動は続けました。そして、自分ならこう動きたい、こういうふうに舞台を作りたい、と思うようになっていったんです。そんな時にコンテンポラリー・ダンスに出合い、そこからいろいろな人たちと知り合うことができ、今につながっているわけです。

― ダンスは21歳から。一般的には非常に遅いスタートですね。

森山 遅い出合いだからこそ、従来のダンスへの疑問をストレートに持つことができたとも思います。なぜレオタードを着なければならないのか、外股が基本なのはなぜか、などなど。ダンスというものの表現はどんどん広がっています。私はクラシック・バレエのダンサーではないけれど、新しい方向性を持つことができるかもしれないと思っています。

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